年金。実は種類があるって、ご存知ですか?
ええ、私は知りませんでした。
社会人になると強制的に支払うことになるのでなんとなく所得税と一緒に年金を払っていることはわかっていましたが、種類までは把握していなかったので・・・退職した後に色々と、混乱がありましたね。
「おじいちゃんおばあちゃんになったらもらえるお金」くらいの認識だったので、全国民加入義務を負うもの(国民年金)と企業に務めたときに加入するもの(厚生年金)があるなんて思いもせず。
FP2級では頻出の分野となりますので、今回は年金についてをまとめてみました。
でもたぶんテストには出ない部分が多い。
年金とは?
大雑把に、
- 国民年金
- 厚生年金
- 共済年金
- 恩給
があります。
厚生労働省のサイトに漫画で解説してくれているページがありましたので、読んでみるといいと思います。
漫画で解説とは・・・日本の伝統芸ですね
こちらの個人サイトはサイト主なりの解釈をして書いていきますので、もし何か間違っているところがあったら教えてください。
国民年金
さて、年金は「おじいちゃんおばあちゃんになったらもらえるお金」ではなく、若い人でももらえます。
これは年金が「普通の生活になんらかのトラブルが起きた場合、その生活を保障するため」にあるからです。
その種類も老齢基礎年金、障害基礎年金、遺族基礎年金の3種類です。
国民年金は公的年金、基礎年金とも言います
例えば、
- 歳をとったら若い時のように働けない
- 病気や事故で手足を失ったら働き口が減る
- 一家の大黒柱が突然亡くなってしまった
つまり、思うように収入が得られない場合に、国民の生活を保障する社会福祉制度ですね。
厚生年金
次に存在するのが、厚生年金。
これは国民年金に上乗せできる年金で、企業に所属している人や公務員が加入・支払いの対象となります。パート・アルバイトも加入対象です。
自営業・専業主婦・一部の特殊業は対象となりません。
共済年金
さらに存在するのが、共済年金。
これはもともと共済組合による制度で、教師や農家など、特殊業が対象でした。
ですが、共済年金は平成27年度以降、厚生年金の一部となっているので、現在はありません。
給付対象者は、厚生年金と一元化する前に加入していた人は受給できることがあります。
恩給
恩給は明治時代に発足した制度で、国に命をかけて尽くした人(公務員、軍人、国営の職務)を対象にしています。なので現在はありません。
公職の恩給は戦後の年金制度の改革により共済となりましたので、恩給期間と旧共済年金期間は同じものとして括られています。
でも、現在の年金とは根本の制度が異なるので、年金とはノットイコールと考えられているようです。
恩給の基本的性格については、相互扶助の考え方に基づき、保険数理の原則によって運営される社会保障としての公的年金とは異なっているものと考えています。
総務省 恩給Q &A
言葉の広さで並べると、
恩給 < 共済、厚生 < 年金
なのかな?
なので、恩給の受給対象者は、原則として共済年金として受給することになります。
年金の歴史
特に試験には出ないと思いますが、気になったのでまとめて見ました。
最初の年金制度となったのは、明治8年の陸軍・海軍軍人恩給制度です。
これは戦争で軍人が傷害・死亡した場合、受給者当人とその家族の生活を保障するものです。
大河ドラマ「青天を衝け」でも、
渋沢栄一がパリで救護院の仕組みを学んでいましたね
次にできたのが、明治40年の帝国鉄道庁現業員共済組合の設立です。
これが最初の公的な共済年金制度とされます。
そして文官(公務員)の恩給を制定したり、軍人の恩給制度も最初は海陸で分かれていましたが、大正12年に恩給法として統一されます。
やがて第二次世界大戦に突入しますが、終戦後のGHQの指示により、昭和21年に旧軍人の恩給制度は廃止されました。
よほどの重症であれば保障があったらしいですが、詳細はわかりません。
旧軍人の恩給制度は昭和28年に復活します。
戦後は復興のために海上輸送を強化したかった日本。
昭和14年、船員の生活保障を目的とした船員保険法が制定され、船員法に該当する人の健康、負傷、失業、老齢、死亡などをまとめて支援する制度ができあがりました。これが日本で初めての社会保障制度です。
ちなみに健康保険制度は戦前(大正11年)からあります。
また、公的ではない共済年金でおそらく最も古いのは私立中等学校恩給財団(現在の日本私立学校振興・共済事業団)のもので、大正13年から従業員の保障を行なっていた模様
そして昭和17年に労働者年金保険法は制定され、昭和19年には厚生年金保険法という名前に変化しました。
最初の厚生年金ですね。
これで多くの労働者は年金制度の恩恵を受けられるようになります。
で・も!
労働者は保障されるようになりましたが、漁師や農業などの特定の職種はまだ共済年金のみでした。
厚生年金には自営業の人は加入できず、従業員が5人以下の小さな企業は加入義務もありません。
つまり、まだ社会保障の全く行き届いていない国民が大勢いたわけです。
というわけで、昭和36年に国民皆年金制度の制定、つまり国民年金制度ができました。
この後、加入期間にかかわらず定額だった年金制度は昭和40年~48年に給付水準を段階的にあげていき・・・。
昭和60年には基礎年金制度を創設し、高齢化社会への対策を諸々盛り込んだのが、現在(令和3年)の年金制度の土台となっています。
平成に入ってからも所々改正していますが、
細かいので割愛します
細かい改正については以下のサイトで確認できます。
また、恩給制度などの歴史は総務省のサイトから確認できます。記事を書く際に参考にもしました。
年金のない時代はどうしていたのか
今は少子高齢化の問題が浮上していますが、戦前はその逆で、一家族で子供が5人6人いる家庭も多くありました。
なので誰かが働けなくなった時は、家族の誰かかがその生活の面倒をみることでなんとかなっていたのです。
でも子供の数が減っていくと、家族を支える力が弱まり、負担になってしまうこともあります。
だから社会保障が必要になってきたのです。
戦前は一人っ子家庭が激レアです。
また、二世帯家族、親戚一同がひとつ屋根の下というのも当たり前でした
社会保障制度がないのに子供をたくさん育てていたって、昔の人はすごいですね・・・。
当時は十歳未満の子供も働くことがあったので人手=収入増加に繋がったのと、兄弟の世話も上の子がしたりするなど、たくさん子供がいても家族で支え合うことで乗り切って来れたのでしょう。
それが良いか悪いかは別として
共済年金がなくなった理由
もともとは特定の職種には多種多様な共済年金がありました。
例えば、
- 国家公務員共済(昭和23年国法で発足)
- 地方公務員共済(昭和27年国法で発足)
- 船員保険法(昭和14年国法で発足)
- 私立学校教職員共済
- 農林漁業団体職員共済
- JR共済
- JT共済
- NTT共済
などなど。有名なものだけ取り上げましたが、おそらくまだあります。
※共済名が変わったりしたものなどもありますが、実質の共済という考え方でまとめました。
ところが、これらは組合構成員が減っていくと、資金が集まらず財政が破綻しかねないという事態に陥ります。
そのため、もっと大きな財政があるところと合併させる必要が生じてくるわけです。
昭和59年には年金改正を行い、船員保険法など国が職域別に保証していた共済が厚生年金となりました。
平成9年にはJR、JT、NTTが旧三公社共済組合と称して厚生年金に統合。
平成14年には農林共済組合が厚生年金に統合。
平成27年には国家公務員共済、地方公務員共済、私学共済も厚生年金に統合。
このように、現在は全ての共済年金が厚生年金となっています。
まとめ
■年金の種類
<現在の区分>
- 国民年金
- 厚生年金
<旧区分として存在>
- 恩給 →共済年金に移行
- 共済年金 →厚生年金に一元化
■年金の歴史
明治8年 陸軍・海軍軍人恩給制度開始
明治40年 帝国鉄道庁現業員共済組合設立
大正12年 恩給法制定(軍人・文官・官吏が対象)
昭和14年 日本初の年金制度 船員保険法制定
昭和17年 労働者年金保険法を制定
昭和19年 厚生年金保険法に名称改定
昭和21年 旧軍人恩給制度の廃止
昭和28年 旧軍人恩給制度の復活、公務員の恩給制度を共済年金に移行
昭和36年 国民皆年金制度の制定
昭和40年 8年かけて給付水準の制定
昭和60年 基礎年金制度制定
平成以降は細かいところをいろいろ変えたり足したりです。
ちなみに「これ西暦にすると何年!?」とお困りの方。
昭和の西暦は、和暦に25を足せば変換できます。
【計算例】昭和36 + 25 =61 → つまり1961年
平成は 和暦 + 12
令和は 和暦+ 018
明治は 和暦 – 33
大正は 和暦 +11
と、されますが、実際に求められるかは確認していないのでご注意ください・・・。
歴史を振り返りながら見ていくと、年金は時代に合わせて導入されてきたことがわかりますね。
次回はFP2級で頻出らしい、公的年金の各論を書いていこうと思います。
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